博士の愛した数式 (新潮文庫)作者: 小川洋子出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2005/11/26メディア: 文庫購入: 44人 クリック: 1,371回この商品を含むブログ (1054件) を見る

読了しました。とても美しい小説だと思いました。
数字というと、とてもドライなイメージがあると思い込んでいた人には、この博士の数字や数式への愛情の注ぎ方を知るにいたっては、目から鱗の落ちる思いがするのではないだろうか。

私自身、仕事の中で帳簿付けや伝票書き、給料計算などをしていると、意図したわけでもないのに、キッチリとした数字になったり、右から見ても左から見ても一緒の回文のような数字が連なったり、数字というのはつくづく面白いものだなと思った経験があります。

その博士の、シンプルで美しい証明のなされた数学の回答と同様に好きな風景は何かといえば、家政婦の手で手際よく作られていく料理の様子というのが良い。そう、手際の良い料理とか手芸というのは、とても静かで秩序だった印象を見る者の脳に与えてくれる。

そして、それだけでは単調な物事の繰り返しに終わってしまうのを防いでいるのが、子供の登場と阪神タイガースだ。子供という、数学とは縁遠い、熱力学的無秩序な存在に博士が無条件で愛情を注ぎ込むと、どうしたことか、とても聞き分けの良い、またハンデのある博士に対して少し大人びたふるまいの出来る子供に成長していく様が、優しく表現されている。

阪神タイガースの江夏の背番号にまつわるエピソードは、この小説の核となる部分だ。その後に江夏の辿った運命が多分に悲劇的なものであったことを、この博士が知らないでいてくれることが、読む者にとっても少しほっとさせてくれると同時に、少し可哀相な気もしたりします。

今後、プロ野球に入団するルーキーの中で、496を希望する選手が現れ、「完全数6と28には既に名選手がいるので、次なる完全数496をお願いした」とコメントしないかなと思った。

最後に、隣接する母屋から博士の住む離れを監視する義姉の複雑な感情を、母屋の電気の点滅で巧みに表現していて、この物語に微妙な色合いを与えています。

読んでいる間、とても幸せな時間を過ごせた気持ちになりました。