できちゃった婚、「今、会いにゆきます」を考える

いま、会いにゆきます DVD-BOX 〈初回限定生産〉*DVD
「今、会いにゆきます」思ったより出来のいいストーリーでした。「死んだはずの妻・母親が帰ってきた」という設定がいかにも涙を誘おうという狙いが見え見えで、劇場には見に行かないと決めていたんですよ。ところが、主演の結子さんと獅童君、いきなり「できちゃった婚」しちゃいました。しかも、「大看板が襲名披露公演をしている間は、いかなる騒動も起こしてはならない」という、歌舞伎界の不文律を破ってまでの結婚です。ちょっと、スポーツ紙の芸能欄的興味も湧いてしまったと言う訳です。それがまた、レンタルビデオ屋に行くと、この作品が軒並み貸し出し中の中、1本だけ「見てくれよ」というように返却されているので、借りてしまいました。

「難病で死ぬヒロイン」物の固定観念を打ち砕いてくれたのは、冒頭、いきなりヒロインの葬儀の場面。吉永小百合から山口百恵を経て常盤貴子に至るまで引き継がれた、伝統の路線に突入することは避けられた。しかも奇妙なことに、母親は死ぬ前に、キリストのように自分が「復活」することを予言している。いや、聖書に出てくるみたいな情景じゃなくて、子供向けの絵本にそれを描いて、雨の季節に廃屋に咲き始めた紫陽花のようにである。と言うことは、これは「難病で死ぬヒロイン」物というよりも、「還魂記」の類と言うことになる。

予言通り復活はしたものの、この奥さんには記憶がない。夫についても、子供についてもである。「復活」後の生活が落ち着きだしてから、妻の問いかけに応じて、夫は出会いから結婚までのいきさつを話し始める。席が隣同士だっただけで、ろくに口も聞けなかった高校時代。大学時代に陸上競技を断念し、将来の自分を悲観して、一度は別れを告げたこと。それでも会いたくて、上京して大学のキャンパスまで行ったのに、そこで見たのはボーイフレンドと語らう彼女の姿。そして、ひまわり畑での再会。話しているうちに、彼は2度目の初恋をしているような感覚を覚える。同時にそれは、2度目の別れが来ることを暗示しているのだが、そのことについても妻は絵本に予言している。

おぼえていてね―アーカイブ星ものがたり

おぼえていてね―アーカイブ星ものがたり

世間の人にとっては長いようで、主人公たちにとっては短い雨の季節が終わり、夏空が輝きだす頃、予言どおり、彼らは再び別れを体験する。ここまでは他の「還魂記」ものと同じだが、そこからこのストーリーは一味違うのだ。夫の手元には、なぜか「最初の死」から2度目の別れまでの間に、その存在さえ秘された妻の日記が残されていた。日記には驚くべき事実が隠されていたのだが、この事実の種明かしの巧みさが、この原作小説をベストセラーにしたのだと思う。

いま、会いにゆきます

いま、会いにゆきます

さて、タイトルにある「できちゃった婚」についてであるが、そう書いたのには、主演2人との結婚と言う事情以外にある。かつて毎週聞いていたのだが、仕事の都合上聞けなくなったラジオ番組に「SUNTORY SATURDAY WEITING BAR "AVANTI"」というのがある。最近は、内容をHPでチェックしているだけなのだが、先週の話題がこの「できちゃった婚」。興味深かったのは、2番目に出た高清水美音子さん(ライター)の『できちゃった結婚の実情』の話。「あるできちゃった結婚をした人は「決断を下すまで人生で一番濃い2週間を過ごした」と言っていた。2人とも大学を出て就職したばかりの5月のことだったそうで、2人とも冷静に真剣に2週間話し合ったのだとか。」という部分である。

祝!できちゃった結婚

祝!できちゃった結婚

「今、会いにゆきます」で、夫は記憶を失った妻に出会いから結婚までをなぞるように語り聞かせるのだが、その事について、映画の中で「普通に生きているカップルでさえ、そんな風に話し合える事って無いかもしれない」と言われているように、実際、無いでしょう。どうしたって、テレみたいなものが先に立ってしまう。こういう話し合いを改めて持つのは、この映画のような特殊な事情がある場合だと思う。

できちゃった婚」で2週間の濃密な話し合いの機会を持ったカップルも、「これから子供が生まれる」と言う現実を前にして、仕事の継続、収入、親の説得などなど、まあ色んなことを話し合ったと思う。それは、高清水さんが言うように、むしろ「好きだから」と結婚してから初めて生活の現実と向き合うよりも、よほど健全な夫婦の姿ではないかと言う部分と重なる。

結子さんと獅童君の場合も、仕事、収入はもとより、歌舞伎界の仕来り破りの非難への対処、マスコミ対策などなど、非常に濃密な話し合いの機会を持ったことだと思うのだ。いや、皮肉じゃないよ。