五線譜のラブレター

私には悪い癖がある。……っていうと、ホラホラ、そこのオネエさん、慌てて洗濯物を家の中に取り込まなくてヨロシイ。そういう癖ちゃうネン。

なんていうんだろう、「知ったかぶり」あるいは「事実誤認の思い込み」というヤツ。知ったかぶりは、かなり自分でも「ヤバい」と思いながら言ってるから、すぐ見抜かれるのだけれど、「事実誤認の思い込み」というのは、確信に近いものを持って話をしてる場合があるので、被害は大きくなる。

「五線譜のラブレター」は、コール・ポーターの伝記映画である。この映画を見ていると、ついつい私の例のこの癖を思い出してしまう。

それは、私が未だパソ通を始めたばかりの頃、ADSLなんて夢のまた夢、恐ろしく鈍臭いモデムでインターネットなどに繋ごうものなら、画像が表示されるまでに、電話料金がどこまで跳ね上がるだろうかと、気が気でならなくなるため、封印していた時期があります。

文字情報のみのニフティー・サーブなどというところに入っておりました。
各フォーラムには、(登録というのが億劫で)まだ入っておらず、掲示板という項目を見つけて入ってみると、なにやらやたらと「教えてください」などという書き込みが多いのに気がついた。

この「教えてください」ってタイトルを見ると、とたんに私の「知ったかぶり」気質が頭をもたげるのです。

なになに、「水曜ロードショー」のエンディングで使われている曲のタイトルをご存知の方がいたら教えてください。」とある。

ご存知の方は「ははぁん」と思うでしょうが、これ、コール・ポーターの「So In Love」という曲で、「五線譜のラブレター」にも使われています。しかし、あのエンディングでは、極めてクラシック風にアレンジされていて、それもラフマニノフのピアノ協奏曲風なのです。

私はラフマニノフのピアノ協奏曲なんて1・2度ぐらいしか聴いたことはなかったのですが、たまたまあるクラシック番組で聞いたピアノ協奏曲に似ていたので、止せばいいのに、「何番かは忘れた(知らないくせに)ラフマニノフのピアノ協奏曲だと思う」とメールしてしまった。

質問者からは、とても丁寧なお礼のメールが届いた。ただ、彼はラフマニノフのピアノ協奏曲を全て聞いてみたようで、その結果、「よく似ているけど、全く別の曲ですね」との事。

そんな事を言われてみて、初めて「ラフマニノフのピアノ協奏曲なんか、ほんの少し聞いたことしかない」事を思い出して、いったいどうして、あんなにも自信たっぷりに「ラフマニノフのピアノ協奏曲だ」などと書くことが出来たのか?私は恥ずかしいやらナニヤラ、つくづく自分の悪癖が呪わしかった。

さて映画の方ですが、コール・ポーターさん、ゲイとしては有名な方だったんでしょうね。それでも一応、奥さんには内緒だったようですが、これも既に最初の外泊のときから気づかれていたという訳。

思春期ぐらいの女の子が「恋と愛って、どう違うの?」なんて疑問を主人公に投げかける。題名は忘れたが、最近、そんなマンガを見たような気がする。自分なりに考えると、「恋は相手のプラス面に注目して始まる。一方、愛は相手のマイナス面さえも承知の上で持ち続けるもの」となるのだが、ポーターさんの奥さんがまさにそんな人で、ポーターさんはその彼女が余命幾許も無い事を知って、初めて彼女がかけがえのないパートナーであったことを再認識する。

この辺、こと恋愛に関しては男と女で成熟度は女が上なんだろうなと、つくづく思う。いなくなろうとして、初めて彼女の必要さに気づく男は、いい歳をして恋するに留まるのに較べて、全てを承知の上で包み込む女の愛の深さときたら、頭の下がる思いである。

そういえば、キャサリン・ロスダスティン・ホフマンの「卒業 [DVD]」にしても、結婚式に乱入して女の愛にすがろうとする男に較べて、母親と寝た男であることを承知の上で男と逃げてしまう女の愛の深さは偉大だ。

転じて、わが国でもこんな話がある。

小泉八雲が、ある日本の昔話に腹を立てている。というか、理解できない様子らしい。妻は、その話に興味を持ち、聞いてみると、こんな話だった。

「昔、ある貴人が美しい妻を持ち、仲良く暮らしていたという。ところが妻は、やがて病を得て、死の床につく。死ぬ寸前に妻は、無念さからか、自分が死んでも後添えは持たないことを夫に誓わせた。安心した様子で妻は臨終を迎える。その後、数年のうちは妻との誓いを守り続けた夫だが、やはり一人では物足りなくつまらない。勧める人がいるので、これまた美しい女を後妻に迎えることにした。ところが後妻の健康が優れない。事情を聞いてみると、毎晩女の幽霊が現れて、自分を苦しめるのだという。その幽霊の様子を聞いて、夫は驚いた。死別した先妻の様子そっくりだったからだ」という話。

小泉八雲は言う。「誓いを破ったのは夫なのだから、夫が祟られるべきなのに、なぜ後妻が祟られるのか、全く理解ができない」それを聞いた妻は、「それは男の人の考え方でございましょう。女というのはそのように(先妻の幽霊のように)考えるものなのでございますよ」と笑いながら言ったという。(恐え……)

先妻の幽霊は、夫が誓いを破ったことを承知の上でこれを許し、その無念さを後妻に向けたという訳だ。その夫への愛が深ければ深いほど、自分とは縁もゆかりもない後妻への祟りは、さぞ強烈であったことだろう。南無阿弥陀仏……