風刺画事件

村上龍という人は毀誉褒貶いろんな評価を受けますが、彼が編集長を務めるJMM(Japan Mail Media)というメールマガジンは、とても内容が濃くて面白いのはたしかです。そして、この2週間ほどそのメルマガを読んでいるうちに、ムスリムの風刺画事件の詳細が分かってきました。
事の発端は、ある作家がデンマークの子どもたちにイスラム教の歴史を語る本の執筆をしていて、その本のために預言者マホメットの挿絵を求めたことに始まりました。マホメットのイラストを描くことは、イスラム教徒の強い反発を買い(イスラム社会では禁じられている)、もしイラストを描くようなことがあったら殺すぞ、というような脅迫を受けたイラストレーターもあることから、挿絵を専門とするプロは、みなその作家の依頼を受けることができませんでした。

そのことを受けて、デンマークは自由に言いたいことが言える国、また、表現の自由が保障されている国なのだから、ということで、デンマークの大手新聞が12名の漫画家に、この国では表現と言論の自由があるのだということを主張するために、マホメットのイラストを依頼し、描かれた12枚のイラストを同紙に掲載したのでした

12枚のイラストは、どれもマホメット本人に対する批判ではなく、その漫画家たちの感性で捉えたイムラム教を象徴するものや、イラストを描けば殺すと脅しをかけた者への皮肉がこめられていたものだと言います。まあ、この辺があまりにステレオタイプムスリムの描き方だとか、差別だ、侮辱だと付け込まれる原因になるのですが、そこから先のやり取りや各国の対応に物凄い陰謀めいたものが見え隠れしてて、世の中って狡すっからいと思ってしまうのです。

デンマークのとあるムスリム団体のリーダーが、このイラストに加えて掲載されていない出所不明のものも含めて、それがデンマーク国民の総意としてイスラム諸国の紹介してしまいます。そして、政府に対して謝罪と新聞社に対して処罰を要求したという訳です。

デンマークの首相は、このような事態になったことに遺憾の意を示して謝罪しましたが、新聞社への処罰は「違法性がない」事を理由に「丁重にお断りした」というのです。このことを、このグループのリーダーは、新聞のインタビューに「政府に拒絶された」とだけ伝え、いかにも「面会を拒絶された」という印象を与えます。

この新聞社も新聞社です。このグループは、別にデンマークを代表するグループですらない連中であることも報道しないばかりか、この程度の風刺ぐらいでは大騒ぎなどしないムスリム団体の意見も取材していません。さらにあろうことか、別の新聞社は、このグループのリーダーが面会を拒絶されたのではなく、イスラム諸国の大使が面会を拒絶されたと伝えてしまったのです。この辺は、全く子供の伝言ゲームみたいな失態ですが、各国の対応がまたこの騒ぎの火に油を注ぐ対応なのです。

多くの国民の政府に対する不満を抱えるサウジアラビアでは、この騒ぎを利用して政府への不満を全てデンマークに向けようと煽ります。「タリバンの司令官ダドゥラー師は八日、アフガン・イスラム通信に、風刺漫画にかかわった漫画家を殺害すれば金百キロ、デンマークノルウェー、ドイツの兵士を殺害すれば金五キロの報酬を与えると述べた。」とのこと。パキスタンジェマ・イスラミアは12人の漫画家の殺害することに対して、一人当たり約100万円の賞金を出すと発表します。レバノンやシリアでは「デンマークコーランが焼かれた」という誤報が流れ、大使館が焼き討ちされました。

アメリカのライス国務長官はこの騒ぎを評して、なぜかレバノンとシリアではなく、イランとシリアを非難しています。これも、イラン侵攻の口実にしたいのでしょうか?

頼みの欧州の同胞はといえば、フランスのシラク大統領は国内でムスリムの暴動が起こっていることもあり、関与したくないようです。オランダも同様に、ムスリムによる暗殺事件があったこともあり、慎重に対応しようとしています。ところが、国会議員ヒルシ・アリ氏は「言論の自由」には「挑発する自由」もあると強硬です。彼女は、テオ・ヴァン・ゴッホとともにsubmissionという映画を制作し、イスラム教徒を侮辱したとして、命を狙われ、実際、ゴッホ氏が殺害されています。ところが、デンマーク製品不買運動が激化する一方で、オランダ製品が売れることは、オランダ国民にとっては歓迎されているようです。これは、スイスとフランスでも同様で、ネスレ(スイスの飲料会社)とカルフール(フランスの大手スーパー)はデンマーク製品を使っていないことをセールストークのネタにして、市場への食い込みを果たしています。

欧州の各国の政府が狡いなと思うのは、表面上は「言論の自由」を守る名目で、一応デンマークを支持しながらも、経済は別という態度をとっているところです。それでも、もし欧州諸国が一丸となってしまったら、イスラム諸国との対立は「文明の衝突」となってしまい、それこそ十字軍時代の再現となってしまうので、これはこれで考えた対応なのかもしれません。