O家の崩壊

目立たないようにではあるが、近所のOせとものやさんの建物の取り壊しが始まった。

この店の経営が危ぶまれたのは数年前である。すっかり意気消沈したO氏が、商店街のリーダーのT氏を訪ねたのである。「店を閉めたい」と言うのである。昔からの仲間でもあるし、今ではどうしようもないほど増えてしまった、シャッターを閉めた町内の商店も、その時はまだ殆ど無く、我が町内に閉店した店を増やすのは上手くないと、T氏はO氏の店の財務内容を調べると、どうも資金繰りに困り、高利の町金の金をつまんだらしい。

ところが店の倉庫を見ると、驚くほどの在庫で埋まっている。払い切れるかどうか知らないが、とにかく在庫を整理してみようと言う事で、町内の商店主や奥さん方が総出で、「在庫整理の半額セール」が始まった。これがバカ当りして、何とか高利の借金だけは返済したらしいのだが、あまりにも多くの人が彼の店の内部の事情を知った事がO氏のプライドを傷つけたのか、O氏本人は、このセールそのものには不満だったと言う噂が流れ始めた。

皆貴重な業務時間を割いて彼の店の建て直しに力を注いだのに、それはあんまり恩知らずだろうと町内の殆どの人たちが憤った。まあ、プライド云々を言うなら、在庫管理ぐらいはシッカリしなくてはならないはずだしね。とりあえず、身近に迫った危機だけは協力して乗り切ったところで、以後、町内はこの店に構わないと言う事になった。

とはいうものの、この人との交流そのものは、昔からの付き合いと言う事もあり、O氏の意思があれば、仲間はずれにすること無しに付き合い続けたのである。

それでも、「O家の崩壊」は、あっけなく訪れた。

昨秋、いつもなら既に閉店しているはずの彼の店のシャッターがいつまでも閉まらず、明かりが煌々と燈っている。T氏らが心配して訪ねてみると、O氏が脳梗塞で倒れているのが見つかった。近所の人間の気遣いがあったおかげで命だけは取り留めたものの、独身であったために微妙に発見が遅れた彼の体には障害が残り、店は続けていけなくなった。

土地建物は競売に、在庫商品は故買商に二束三文で買い取られる事になった。これは、彼の兄弟が嫁いだ姉さんだけで、商品を裁く知識が無かったためである。その前に、閉店セールでもやってくれれば、我々は協力しないでもなかったのだが、「貧すりゃ、鈍する」で、姉さん夫婦はその手段はとらなかった。あるいは元気だったころに、O氏が姉さんに、前述のセールに関して不満でも漏らしていたのかもしれない。

ところが、この故買商が引き取ったのは、5枚あるいは10枚セットになった、キッチリしたものだけで、膨大なハンパ物は引き取られずに、店や蔵に放置される事になってしまった。そんなハンパ物でも格安で売ってくれるなら、みんな喜んだはずなのに、この人たちは廃棄物処理業者に廃棄を依頼したのである。

処理業者は驚いたのである。セット物ではないものの、充分に使える皿や器が店や蔵にゴロゴロしているのである。しかも、それまではあまり知られていなかったのだが、蔵の一部には大きな穴が開いており、侵入は容易というわけである。業者の中に、捨てるには、あまりにもったいないと思った人間がいたのかもしれない。

そんな噂が、近郷近在の酒場辺りで流れたのである。

以来、夜な夜な、この店の残留商品を略奪する人間が相次いだのである。まあ、廃棄されるものを略奪すると言うのもなんだが、我が商店街の人間たちは、この店の略奪される状態に手も出せずに見送るしかなかったのである。

略奪が済み、廃棄が済み、こうして本日、店の解体が始まったのである。解体は目立たないように、裏の自動車小屋から始まり、その場所が解体業者の作業足場となるのだろう。

なんか、まるで、ジャングルの動植物の命が途絶えて、それを様々な生き物が分解して台地に戻していくような、そんな気の遠くなるようにゆっくりと、そして虚しい営みである。