コクリカ

部屋を暗くして、みんなで丸くなってお迎えする……って、あれは「コックリさん」だっけ?「コクリカ」は、それとはかなり違う。でも、みんなで丸くなってやったとこだけは似ていたなあ。(笑)

「コクリカ」とは、中学生による「国際理解授業」のこと。

中学生の課外授業でやるから、われらの交流サークルで世話役をやってくれとの事だった。そりゃ、英語だけなら、中学校には我々より滑らかに話せる人はゴロゴロいるのだが、今回声をかけたのは10数カ国。無論、我々だって、こんなに話せるわけじゃない。

でも、外国人ッたって、少なくとも日本に来ている限り、日本語が全く話せないわけじゃない。何とかなるよって、常に考えている我等の度胸が買われての協力依頼である。

実際、私が担当って言うか、同じ輪の中にいた、台湾人のデェンイ君は、「へたくそな日本語でごめんなさい」って、実に流暢な日本語で言ってくれた。私のヘタクソ以前の中国語が通じない事は最初から分かっていたが、彼の日本語のおかげで、完全に意思が通じた。おまけに、「私は、パナです」と言う意味の「ウォ・ジェオ・パナ」の「ジェオ」のイントネーション(抑揚)もキッチリ直してくれた。

ところが彼のような日本人と見かけの変わらない人なら問題は無いものの、一見して外見が日本人と違って見える人たちは、日本に来てとても傷つくらしい。「すみません」と日本語で話しかけても、「走るようにして逃げていく」と、去年の夏一緒に飲んだガーナ人のニックさんは「人間として、信じられないよ」という独特の言い回しで嘆いていました。

ってな訳で、コクリカの授業の方は、ゲストの外国人に関しては心配してなかったのですが、私が心配していたのは、日本人の中学生の方。「うぜぇ、きもい」で無視されたら立場ねえよなって、心配していたのです。

ところが、途中から参加して自己紹介もしていない私が、名札をつけられて10秒もしないうちに、男子生徒から「パナ、パナ」って、たくさんの声がかかったので驚きました。

さて、コクリカの授業なんですが、なにしろ我々も初めての事で、何のノウハウの蓄積も無かったので、上手くいった所と、そうでなかったところの差が大きく出てしまいました。

学校側は、授業と言う事を意識していて、その呪縛に私も嵌ってしまったため、どこか「地理の授業の延長」みたいになってしまった。しかも、生徒たちは学校側で用意したプリントに書き込むことに集中しているので、話をしているゲストに全く視線を向けていない。こりゃ、良くないよ。

チリ人のアレックス君を迎えたグループでは、女子生徒が背の高い彼に非常に興味を持っていた。自由に質問させたら「カノジョいるんですか?」だって。ぉぃぉぃって、言いたくなるけど、生徒たちは、国際関係よりは、人そのものに興味を持っていたわけで、そちらの方に重点を置いた質問をするべきだったと思った。

まあ、私もデェンイ君には、家族構成やお父さんお仕事、留学して学んでいる内容なんかを聞き出せた。学校側からこの授業の話を持ちかけられたWさんが、輪の外から「台湾って、家の中であまり食事しないんだよね。3食外食って家も良くあるんだよ」って、話を振ってくれた。さすがホームステイ経験者である。でも、初めから彼と同じ輪に入れるって知っていたら、春節の事も聞いてみたかったと思った。

その他、バングラ・デシュの人もいたのなら、今話題の「グラミン銀行」の事は、私も聞きたかったし、生徒たちにも興味を持ってもらいたかった。レバノンから来た人たちには、国内の混乱に関する、その人ならではの考え方も知りたかった。

また、生徒たちに、「諸君らの方で、デェンイ君にアピールしたい日本って何だろう?」って問いかけたところ、全員が下を向いて黙り込んでしまった。ただ、これは自分でもやってみたが、即答は、たしかに難しかった。NHKの「課外授業」みたいに、予め宿題を出しておけたらよかったかなと思った。私の質問の仕方も良くない。国対国のアピールではなく、もっと自分の身近なところから、好きなところ、自慢したいところを探し出し、同時に見えてくる問題点をどうしたら直せるのかを考える日々の行いが、いわゆる「愛国心」なのではないかと、ふと思った。

そんなこんなで、色々経験値を上げることになったコクリカの授業だったけど、あれもしたかった、これも聞きたかったが、随分出てしまった。

それでも最後にこんな事があった。

輪が解散して、集合合図がかかったとき、最初に「パナ、パナ」って呼んでくれた男子生徒のうちの一人が、「パナ、ドイツ語で”さよなら”はなんて言うの?」

「アウフ・ビーダー・ゼーエン」

「じゃあ、”ありがとう”は?」

「ダンケ・シェーン、または、フィーレン・ダンク、かな」

「ダンケ・シェーン、アウフ・ビーダー・ゼーエン」と笑顔で彼が繰り返した。

かれは、ドイツ語の輪にいたんだなと思ったけど、そうじゃなくて、私にそう言いたかったのかと思ったとき、嬉しくなった。未だ手を振っている彼に、手を振り替えした。

世代が違うからって、別に犯罪者や怪物じゃないわけで、それを心配していた自分が情けなかった。