第1回レアレア・キャンプ

先週の今頃は、そう、山荘を借りたキャンプが終わって、そろそろ帰ろうかってころだった。自分の人生において、キャンプというのはあまり記憶にない。まして、自分が山荘を借りる役目を担うなどという体験は、皆無だ。だからというわけで、山荘のオーナーである会社には、「そんな基本的な・・・」という様な質問をついつい浴びせかけてしまった訳で、直前になって、先方とは「そんなに旅館みたいなサービスがいいなら、他へ行ってもらった方がいい」などという、交渉決裂みたいな事態に陥りかけた。

「わからないから聞いてるんじゃないか」「なんでもわかってるやつしか使えないものなら、気軽にお使いください何て言うな」「お前ら、普段の営業では、そんな言い方でケツ捲ったりしねえだろう?」「ってことは、俺はもう、お前らの客じゃねえってこと?」なんて、怒りに満ちた言葉が、キャンプをする前の1週間、私の頭をずうっとぐるぐる回っていたわけ。

だから、「さすがに、もう準備しないと」と買い物に出かけた前日まで、このキャンプにかけるモチベーションを失ってしまっていたのだ。ところがまあ、買い物に出かけてみると、やはり気持ちが前向きになってくるわけで、「失敗失敗、ああいう気持の時は、思い切って買い物に出かけてみると、気持ちが変わるもんなんだな。もっと早くにそうしてれば良かった」と思ったわけだった。

そうやって愚図愚図してたもんだから、物は買いそろえられても、向こうでどんな遊びをしようとか、言うことは全く考えてなかったのだ。「まずい、これは向こうで、飯食ってお終いになっちゃう」って思ってたんだ。おまけに、山荘に着く直前から雨は降りだすしね。

だけど、子供ってのは、どんな状況でも遊ぶ方法を探し出す才能を持ち合わせているもんだね。どこかの町のスポーツ少年団のキャンプみたいに、携帯ゲーム機の持ち込みを許さなかったのも正解だったと思う。小雨降る中で、荷降ろしをしていると、最年長の女の子2人が、フキの葉っぱをたくさん持って、山荘への坂道を上ってくるではないか。「トトロの傘だよ」だって。年下の子供たちは、それを見て大喜び。それが下の写真。

恥ずかしながら、私の目には路傍に生えているフキの葉っぱそのものさえ目に映っていませんでした。

荷降しが終わったところで、一部の車を片づけて、全員で写真撮影。

一時的にせよ、雨も上がった。子供たちが作り出すシャボン玉が集合写真に良い味を添える。

夕食に向けて、男どもは火おこしの準備。女は、山荘についているシンクで、煮物・炒め物。私が買ってきたビールに手を伸ばしたのは、女たち。何しろ今夜は、車の運転のことを気にせずに飲めるから、みんな開放的な気持ちになっている。

火は、まだ熾き火とは言えない状態なのに、ビールが入ってしまったから、みんな「早く焼いて何か食べたい」モードになってしまっている。そんな時でも、「自分たちよりも子供たちに先に食べなさい」などと、子どもなんか持ったことのない私が父親モードになっている。

車を移動して作った山荘前広場だが、ビールを飲みながらエビや肉を焼いているうちに雨が強くなってきてしまった。やむなく作業を中断して、山荘裏のテラスで再開。ところが、これがバッチリ。最初から、こっちでやっていた方が数倍眺めがよくて、気持ち良い。近くに砂防ダムがあって、川が滝のように流れ落ちているから、女性陣などからは「マイナスイオンがいっぱい」などと好評。口々に、「いいところね。また来たい。ありがとう」なんて言われると、オーナー会社とトラぶったことなど忘れてしまおうかと思ってしまう。実際、忘れたって良かった。あの一週間私を停滞させたのは、彼らへの恨みの気持ちだった。それを捨てたほうが身軽になれる気がする。月曜の昼過ぎに、ビールでも持って、お礼に行こうなどと考え始めた。

子供たちの騒ぎの中心が移動した。そういう鈍い反応の記憶が残っているのは、私はもう、このころからすでにかなり酔っていたのだろう。無理もない。かなりひどい汗をかきながら、準備と調理をしていたから、軽い脱水状態だったのだろう。そこへビールが入る。回るわな、酒が。

子どもたちは、どうやら、水着のままお風呂に浸かっているようだ。「石鹸などで体を洗う風呂ではなくて、浸かるだけ」と伝えてあるから、プール感覚になることはやむを得ない。ただ、山荘についてから、あちこち走りまわって、暴れまわってからの入浴だったから、足の裏ぐらいは洗ってほしかった。暗くなってから私が入った時には、かなりお湯が濁っていた。「なるほど、大人で私しか風呂に入らなかったのは、ああいう事情からか」とは、後で気がついたこと。

トラブル発生。山荘は、ポニョじゃないけど、崖の上にある。この山荘のテラスには手すりがない。手すりをつけると、眺望が悪くなるだけじゃなくて、子供がすぐに上りつきたがるから、かえって危険というオーナーの意志が強く出た結果だ。だから、子供たちには、「危険だから、絶対に落ちないように」と言い続けてきた。そのテラスから落ちたやつがいる。

私だ。(モンスターエンジン調)

山荘に着いた時から、みんな、カオス状態になりながらも、食事までこぎつけていた我々だが、あまりにも大勢の人間が山荘の入り口を出入りしたために、山荘入り口のドアの前の履物は、それこそカオス状態になっていた。子供の母親たちが気がついた時には、それを整えてはいたようだが、人の移動がそれを超えて頻繁だったのだ。加えて、トイレ前の通路に不必要なものは置くべきではなかったのだ。

脱水状態で酒を飲んでいた私が山荘についてはじめてトイレに入ったのは、かなり暗くなってからだった。乱雑に脱ぎ捨てられた履物を避けながら歩いているうちに、食べ物を入れてきたスチロール製の箱に足を取られてバランスを崩した。倒れながら手をついたのも、スチロール製の箱の上。手は箱を粉砕して、箱はさらに崩れ、一緒に私も崩れ落ちた。

そう、私がテラスから落ちたのは、崖側のテラスではなくて、表の広場の方。崖に比べて落差は格段に少ないものの、メガネが弾け飛んだ。立ち上がって、メガネの捜索依頼をみんなにしたのだが、その時、みんなの指摘で、私は右こめかみから流血していることを知った。メガネの捜索もあまり大勢でやると、踏み潰しかねないので、明るくなってから、自分一人ですることにした。

そうして、ぼやけた視界のまま酒を飲んでいたので、どこかで記憶が飛んでいる。気がつくと私は、ドイツから来日して、ラッキー宅にステイしているメラニー嬢の前で、英語で話している。しかし、酔っ払っているので、2日前にはあんなに滑らかに話せていたことが、なかなか口を衝いて出てこない。同じ内容を話すのに、数倍の時間を要した。

メラニー嬢、私が期待した可憐なユングフラウではなくて、立派なフラウに成長した人だが、そのせいかとても愛情あふれる人のようだ。厚かましくも私は、このしどろもどろに話したスピーチ原稿のドイツ語訳文の添削をお願いした。みんな寝静まろうとしているにもかかわらず、彼女は遅くまでこの私のわがままに付き合ってくれた。しかも、私は負け続けの前座プロレスラーみたいに流血して、右目上を内出血して腫らしている状態なのである。さぞ気持ち悪かったことでしょうに。お礼に渡した千代紙で折ったカード入れ程度では合わないくらいのご好意であったと思っている。フィーレン・ダンケ。

でも、なんでかは判らないけど、私は彼女に、ドイツ語に興味を持ったことをビートルズの歌のドイツ語版を聞いてからだと話していたようだ。デヴュー当時のビートルズは、ハンブルクでの活動も多く、アルバムにはドイツ語で歌っている歌が何曲か収録されているが、私はこのアルバムを持っていない。しかも、偶然、ラジオから流れて来たとき以外は、このドイツ語版を聞くのは避けていたような気がする。なんで、あんなことを言ったのだろう。それは、今もって謎だ。

風呂からあがったら、みんなもう、なし崩し的に寝ている。私も、いつ寝入ったかわからない。枕が合わなくてよく目が覚めたが、またすぐ寝てしまった。日の出直前に窓の外を見ると、霧なのか雲なのかわからないが、山荘全体が白いものに包まれて、まるでミルクの中にいるような幻想的な様子だった。周りに多くの木があるために、夜間に木々が吐き出した息の中にある水分が夜明け前にこのようにこの地域を覆うのだと、山荘なオーナーが話していたのを思い出した。

少し明るくなってから、懐中電灯を持って外に出てメガネを探した。すぐに見つかったのだが、頭から落ちたために、フレームは見事にひん曲がっていた。車の中に予備の眼鏡があるので取りに行ったが、帰りは起きぬけ早々にあの急な坂を上ったので、前日の酒がまだ抜けきっていないことに気がついた。

キャンプは雨に祟られ通しだった。朝食をとっている間にも、雲が湧き、谷を埋め尽くしたかと思うと、すぐに晴れたりしたが、しばらくするとまた雨が強くなってきた。わずかな晴れ間を利用して、大縄を使って縄跳びをしたのが、せめてもの救いだった。後は、掃除の間も、残った食材を分け合うゲームの間も、雨、雨、雨……。

これだけ雨に祟られながらも、しかも予定も立てずに、何となくうまくまとまったのは、このファミリーのフェローであるラッキーのおかげだったことは言うまでもない。私は、この家族のおかげで、この夏にカヌーとキャンプという、子供のころからの憧れの体験をすることができたのだ。また、このキャンプに参加したすべての子供たちは、実に驚くべき創造性を示してくれた。大人も、いろいろな世代で、さまざまな職業の人が集まっていたので、話題には不自由しなかった。

参加してくれたみんな、どうもありがとう。

貸してくれたオーナーたちには、翌日、早速ビールを持ってお礼に行きました。

らっきーは、感想文を文集みたいにしたいようだけど、できたら、彼らにも見せてやりたいように思う。