初雪、後日談

英語には、Good News and Bad News(良いニュースと悪いニュースがある)という言い回しがある。
つまり、どちらが先に聞きたい?というわけだが、悪いニュースから聞きたくなるものだ。

  • 予兆

そう、初雪などと言っても、雪国のそれは、ロマンティックでも何でもないなんてことをブログに書き終えた後のことだった。深夜、サッカー日本代表アジア最終予選が始まろうとしている。チャンネルを合わせても、TVが映らない。BSはもとより、テレ朝系のローカル放送は映りはするが、モノクロ画面でしかも粗い映りだ。

ピンと来たのが、雪とアンテナの関係。チクショウ!と言い捨てて、ホウキを持って屋上に向かう。案の定、2つあるアンテナには雪がびっしりくっついていて、映らないはずである。

今年の初雪に降り方は、実に変わっていた。通常より10日ほど早いといわれる今年の初雪、例年も確かに冷え込む日に降るわけだが、今年のように、直前に1週間ほどが穏やかな天気だったのに、突然寒気団がやってきて、紅葉が散ってしまう前に降ってしまった。気温が朝からどんどん下がりだし、最高気温も最低気温も同じくらいな1日になった。そこまで気温が下がったなら、さらさらした雪が降っても良さそうなのだが、びちゃびちゃして重い雪だった。

アンテナにくっついて凝り固まっているのもそんな雪で、夜が明けてからの私の不運の予兆であったのだろうが、その時はまだ、知る由もなかった。屋上の床にも雪は降り積もっているのだが、私はサンダルを履いて行ってしまった。できれば長靴が望ましかったのだが、まあスニーカーよりは良かったかもしれない。雪を払い落した私が風呂場で足を洗っていると、アジア最終予選のキックオフの笛が鳴っているところだった。

  • 夜が明ける

試合を見終えて、すぐに布団に入ったのだが、いくらも寝ないうちにすぐに起こされた。母が大変なことが起こったのだという。

もうすぐ築40年になろうとしている我が家のある建物は欠陥建築である。施工業者は、この建物を建てた直後に倒産した。この近辺に、異常に雨漏りのする建造物を何件も建ててから潰れたのである。つまり、責任を問おうにも、相手がいないのである。

雨漏りに悩まされ始めたのは、20年ほど前からである。さまざまな業者に修繕を依頼したのだが、大手の業者は数千万を超える修繕費を見積もり、中途半端な応急処置では、責任施工の観点から請け負えないと言われた。仕方なく、板金業者や目地の修繕業社に部分的な修繕を頼むのだが、根本的な改善願されないまま、今日に至ったわけだ。まあ、数千万払ってたら、こっちの方が潰れていただろうからしょうがないのだけどね。

その壁についに大穴があいてしまった。だから、大変なことが起こったというわけなのだが、母はこのことを1時間前に知り、時限爆弾のように騒ぎだしたのである。まあ、遅くまでサッカーを見てて、いくらも寝てないのがわかるから、気を使ったのかもしれないが、もう1時間後じゃないと、業者も電話に出てくれないのだよね。それでも、母は騒ぐのである。しかも、自分は布団の中にいてである。

現場を見て、ある業者のことが思い浮かんだのであるが、1件はすでに断られている。もう1件は、数千万の見積もりを提示した業者だ。他には…………と考えた時、今までなんで浮かばなかったのか不思議なのだけど、「便利屋さん」という隙間業者が、世の中に重宝されているではないかと思ったのだ。

早速、電話帳………と探すのだけど、最近の職業別電話帳は、ビジネス版だけしか配らなくて、緊急の場合、大いに不便だ。そこで、ネットで検索してみた。ヒットした4件のうち、あまり聞いたことがない業者の中に、1件だけあちこちで活躍している業者の名前を見つけた。

しかし、最初の電話は空振り、時刻はまだ7時になっていない。そこで、少しだけ待って見ることにした。ちょっと他の業者には頼む気がしないのだ。2度目の電話が通じて、10時頃にやってくることになった。電力会社のメーターが通路に飛び出して少々邪魔ではあるが、あまり変にいじって、壁の崩れた個所をむやみに広げたくない。それに、ストーブも炊いているし、ホットカーペットのスイッチも入れているのだが、妙に体が冷え切っているのである。10時まではすることがない。部屋に戻り、布団に入っても、体はなかなか暖まらなかった。

  • 理不尽な母の怒り

母の怒りで目が覚めたということは、布団の中で寝ていたということなのだが、そう長々と言うわけでもないのだ。にもかかわらず、「自分は気になってしょうがないのに、お前はよく寝てられる」と怒っているのである。業者の選択も、連絡をしたのも私であるのに、その間に自分はずうっと布団の中にいたのに、私にそう言うのである。しかも、面倒なことは、自分に押し付けて、母親の後ろに隠れようとしているなどと言うから、腹が立つ。一体誰の話をしているのだ。心配していたと言いながら、ずうっと布団の中にいたくせに。飯を食って、仕事場に行く。

  • 長靴の穴

現場は、当然ながら、何の変化もない。ただ、電力会社への報告をしていると、隣家の人間の動く音がするので、表に出て「業者を呼んで、10時ごろから作業をしてもらうことにした」と報告。一応、了解を得た。

配達する商品を包装し終えて、事務所に戻って出張販売用の釣り銭の準備をしていると、便利屋さんがやってきた。話をしていて、この人は話のわかりがいいと感じた。物事の根本的解決が必要だからと、数千万の見積もりを出していく業者の責任感は理解できるものの、我々の財政事情をもっと理解してほしいと思うのだ。便利屋さんのやっていることは、大手業者にとっては歯がゆいその場しのぎに見えるかもしれないが、この町で商売をしている商店主が、数千万の借金をして、平気でいられるわけがない。まあ、修繕の方針は、簡単に話が済んだ。

ところが、そうやって雪や雪の間に溜まった消雪パイプの水の中を歩いているうちに、拙いことになったと思った。長靴に穴があいているらしく、靴下が少しだが濡れている。事務所に戻って、長靴顔を近づけてみると、足の動きによって何度も曲げられる部分付近が物質的疲労をして、小さいながらも穴があいている。しかも、両側が。

  • 配達の遅れ

なんで配達が遅れたのかよくわからないのだ。ただ、通常の業務のほかに、修繕やら連絡やらいろいろと仕事をしているし、うちの商品の製造時間は、寒い時は若干遅れが生じることも理由の一つなのだろう。最後にできる商品がかなり遅れたようで、いつもならもう出来ているはずなのに、私が銀行へ持っていく現金をまとめあげても、まだ包装されていなかった。

とにかくみんなで詰めてもらって、出発。しかし、雪の影響もある。なんとなく、みんな、車がゆっくりなのだ。私も、まだ、スタッドレスタイヤには変えていないし、その必要も感じていない。まだ、雪でタイヤが滑る状態ではないのだ。それでも、困った状況がある。湿った雪のせいなのだろう?ブレーキが片利きになるのだ。たぶん、ブレーキディスクかブレーキシューの問題、タイヤを変えても起こりうる問題だ。したがって、タイヤを変えた車も変えない車もゆっくり走らざるを得ないのだ。

かまぼこ工場への配達を終えて、店に戻ってくると、私の帰りが遅いので、私が行くべきところへは、他の運転手が代わりに行っていてくれていた。それではと言うので、私が母に代って銀行に行くことになった。これが、最大の不運の始まり。

  • ガス欠

銀行窓口での手続きが終わり、駐車場に戻ってくると、車が動かない。メーターの針がEのはるか下をさしている。私の不注意には違いない。スタンドには寄りたいと思っていたのだが、迫りくる時間がそれを許してくれなかったのだ。

店に連絡を入れたのだが、先に行ってくれた運転手とは連絡が取れないとの事。そこで、思いついたのが、車両保険のロードサービス。すぐに電話を入れると、コールセンターの受付の女性が快く請け負ってくれた。しかし、これが甘かった。

コールセンターと言うのは、予想外の場所にあるのだ。かつて、コールセンターを利用したとき、私の詳しい現在地の説明をしたところ、話している向こうに全く土地勘がないことに気がついた。聞くと、コールセンターの場所が沖縄と言う事である。なんで、そうなのか知らないが、人件費だったか、その辺の問題だったかと思う。とにかく、沖縄にいる人間に、わが街の雪による混乱状況を理解できるはずもなかった。

彼女が連絡を取ったすべての業者に、私の下に着くのが1時間以上後になると言われたらしい。これでは、間に合わない。自分で歩いてガソリンを買いに行っても、同じぐらいの時間がかかる。私は、救助の依頼をキャンセルした。銀行の窓口の戻って、電話帳を貸してもらい、自分でガソリンスタンドに電話を入れても、状況は変わらなかった。

万策尽きたかと思った時に思い出したのが一人の男だった。

  • 持つべきものは友

我々などに比べれば、比較的自由な身とはいえ、これから私がするのは厚かましいお願いである。だいいち、彼が家にいるかどうか判らない。しかし、もはや、彼に頼らねばならない事態に瀕している。

電話に出た彼は、私の言うことがよく呑み込めていないようだったが、「ガス欠で困っているので、車を出してくれ」ということだけは解ってもらえたようだ。

巨大な4WDで現れた彼に乗せてもらって、店に行くと、私が代わりに行くはずだったところへは、代わりの人間が出かけており、彼にはガソリンスタンドにだけ行ってもらうことにした。スタンドに行くと、そこは、私が電話をかけた時に、配達に行く人間が帰ってきていないからという理由で断ったはずなのに、いるではないか、配達の人間が。今さら怒ってもしょうがないので、ガソリンを10ℓだけもらって、銀行の駐車場に戻った。

友人には、向こうが引いてしまうくらい礼を言いまくった。必ず礼をしに行くからと。大げさに思うかもしれないが、四面楚歌ではないが、様々な手を尽くしても、助けに来てもらえなかったときに助けに来てくれた人間には、それぐらいしても何ら不思議ではない。

  • 行き違い

私の車は甦った。店に戻ってから、ガソリンを満タンにしてもらいに行き、私が代わりに行くはずだった高校に迎えに行った。ところが、これが行き違いだった。しかも、迎えに行く場所を間違えていた。

間違えた場所で、私はすでに帰ってしまったパートの女性を待ち続けていると、店から電話が入って、別の高校から、早く従業員が迎えに来てくれと言ってると連絡が入る。電話の向こうで、私が迎えに行くはずだったパートの女性の声がするではないか。こういう日は、何をやってもうまくいかない。待っていた従業員にも、そう言われた。面目ない。

  • 長靴の水漏れ、いよいよ激しく

配達の合間も、スタンドに間に合わせのガソリンを買いに行く時も、雪に中を歩くたびに、長靴の中は水浸しになった。早く買いに行きたいが、それを許してくれないぐらい、仕事が押していた。

ようやく最後の配達を終えて長靴を買ったものの、すぐに履き替えるわけにはいかない。靴下がぐしょぐしょだからだ。長靴を買ったところで、財布の中身が乏しいことを知り、銀行があいているうちに、預金の引き出しを。待ち時間に、ラッキーに連絡。今日はファミリーの日だが、ヒッポどころではない。こんな日に遠方に出かけてリスクを冒したくない旨を告げると、「方違え(かたたがえ)という方法もある」だと。

まあ、冗談なのだろうけど、彼女は「方違え」という意味を勘違いしているようだ。「方違え」というのは、これから向かわなくてはならない方向が、日によっては差し障りのある神が支配していると予想されることから、別の方角に一度移動するという意味と、それを理由に、その日はそちらには行かないと言い訳することである。ツイてないから、一度別な場所に移動するという意味ではない。

  • 母からの電話

ラッキーとの電話が終わったところで、母から電話が。
両替の必要があるから、早く帰ってくるようにという内容だったが、いったい何をしているんだの一言が余計だった。ここでも、我々は衝突した。母は、私も含めて、従業員たちの仕事の内容を詳しく理解していないのだ。こういうところで、母は従業員たちともよく衝突している。私がたしなめても、あまり理解できていないようだから困る。

  • 忘れ物

少しでも時間短縮をと思い、ATMではなく、窓口から必要な金種を私が引きだす金額から建て替えて両替し、自宅駐車場に車を置こうとしたら、配達のし忘れに気がつく。

まあ、牛乳の補充の注文が入っていたのに、忘れて行ったので、後から届けると言っていたものだったのが、ガス欠騒動で忘れていたのだ。まあ、多少余裕のあるところでの補充だったので、これはさほど叱られなかった。

行ったついでにと思い、先ほどの友人宅に、銘酒を届ける。友人は仕事中で、奥さんが呼ぶと言ったが、もうこれ以上、彼の時間を自分のために使わせることはできないと、奥さんに託けただけで辞した。

  • 帰宅

今度こそ飯にありつけると思い、店に戻ってくると、またもや母から、「何をしていたんだ」と怒声が。今までやってきたこと全てを話すと、まあ一応理解してくれたようだったが、ここまで遅くなった昼飯前にこの一言は効く。全く人の気持ちも考えてくれ。

便利屋さんの仕事は満足のいくものだったが、これは応急処置との事。後から、全体の仕事の見積もりを出すから、仕事はその後だという。安くしてくれればいいが。

母は、母なりに、負担の軽減を図っていたようで、事務所には保険屋さんの顔があった。現状を見て、窮状を理解してくらたようだった。この人は、破たんした銀行から転職した人で、人の苦労をよく理解してくれる人だった。アドヴァイスは非常に力になった。

夕食後には、例の友人からお礼の電話があり、やっぱりすぐに行っておいて良かったと思った。実際に本当にありがたかったのである。

こうして思い出していると、悪いニュースの中にも、とても良い人との出会いがあって、ありがたい限りである。最初は、「良いニュースの方は、日本代表のカタール戦の勝利だけ」なんて思っていたのだが、こうやって、悪い状況ながらも、いろんな人の助けてもらっている方が、よほど良いニュースではないかと思う。

便利屋さん、友人T君、保険屋さん、私のカヴァーをしてくれた従業員諸君、銀行で困っている私に「お力になれますか」と言ってくれたおばさん、私の愚痴を聞いてくれるために、電話のかけ直しまでしてくれたラッキーも含めて、みんなありがとう。