パン作り体験会を主宰しました

パン屋を止めた私だが、パンを作る機会を迎えてしまった。ヨッシーをはじめとする、ヒッポのパン好きのメンバーが話を盛り上げてしまい、曖昧な返事をしているうちに降りられなくなってしまった。

実は、パン作りには、それほど関わってこなかった。製造に携わっていた時も、主に成型以降の工程を担当していたので、それ以前の工程については知識として知ってはいたものの、体験から得たものはほとんどなかった。しかも、最も重要な時間と温度の管理についても知識のみである。

ついにメーリングリストでカミングアウトして、パン作りにはあまりかかわってこなかったことを告白したのだが、ヒッポで言う「場の勢い」というやつは止まらない。


そのうち、オランジュという、とても頼りになる協力者が現れ、話はついに本決まりになってしまったのだ。とはいえ、私は、この日が来るのが憂鬱でならなかった。だが、後で話を聞いてみると、オランジュも心配で、眠れない日々が続いていたらしい。(ごめんよぉ…頼りなくて)

何が恐ろしいと言えば、メーリングリストで「パン作り体験会」の開催を発表して以来、14日に締め切りをしたというのに、前日になっても参加希望者が殺到したことである。すでに、締め切り以前に、我々は会場の設備の製造能力を超えた申し込みであることがわかっていたので、急遽、前日にミーティングをしようということになった。

このミーティングで、当初、1世帯当たり300gの粉を配り、それで1世帯当たり12個のパンを作り、一部をその場でサンドイッチとして食べ、残りをお土産にする予定だったのだが、受け付けてしまった参加希望者の人数を考えると、とてもそんなことができる状態では無いことに気がついた。そこで、とにかく今回は、パンを作る作業を体験してもらおうという意図の会にしてしまおうという荒技が飛び出した。つまり、一人当たり2個+αのパンで我慢してもらい、お土産は無しという話である。それ故に、前日に飛び込んだ駆け込みの参加希望も受け入れられたという訳である。

でも考えてみれば、この決断はとても有効だった。偶然にも「パン作り体験会」と銘打って募集していたので、みんなお土産が残らないことに特に不満は出なかったのである。

とはいえ、私もオランジュも、この数日を異常なほどの興奮状態で過ごし、そしてそのまま作業の突入した。オランジュの手回しは微に入り細を穿ち、レシピをパウチしてグループごとの調理台に1枚ずつ配った。これなら、みんなこれを頼りに作れると思ったのは、我々の甘い見通しだった。

私とオランジュが興奮状態であったのと同時に、会場に集まった参加者たちも、作業に入ると興奮状態に陥っていたのだ。決められた量以上に粉をもって行って、強力・薄力混ぜてしまったあとに返しに来るやつ、自分が経験した方法で勝手に発酵させてしまうやつ、会場ではパン以外にモノは作らないことにしようと言ってるにもかかわらず何か作ろうと画策する連中、ちゃんとパウチしたレシピを配ってるにもかかわらず、我々のグループにオーブンの設定温度と焼成時間を聞きに来るやつ。みんな、いったい話を聞いてんのかよ?と思いつつオランジュを見ると、「パン以外のものは作らないことにしよう」と言い出した彼女自身がデザート作りをしている。


こうなるともう、規律も何もあったもんじゃない。楽しくやったもん勝ちである。

成型の段階で、私は我々のグループのパンにクリームチーズを入れることを提案した。これが他のグループを刺激した。次から次におかしな格好をした独創的なパンが成型された。当初の、無難にシンプルなものをなんて発想は、どこかへ消え失せてしまったようだ。そうなってしまうと、先鞭を切ったはずの我々のグループのパンは、いかにも地味に見えてしまう。


ならば、「持ち寄り」で持ち込んだパンにはさむ料理で勝負と思ったのだが、ヒッポの持ち寄りを甘く見てしまっていたようだ、みんなすごい持ち込みをしてくるのである。しかも、普段の持ち込みと違って、調理場が使えるとあって、そのうえ、「もう楽しんだもん勝ちだぁ」であるから、みんな勝手なものを作り始めた。


ふつう、ここまで統制がとれない集団は、ロクなことができないものだが、ヒッポのこの「場の力」「場の勢い」というのは、こんな状態でも十分楽しめるイベントになってしまうのである。しかも、今日はゲストで参加してきたマレーシアからの留学生たちが作ってきたものが、悉く旨いものだった。私も、エビの燻製やミニトマトのスイートマリネで抵抗を試みたが、所詮は地味なキャンプ料理である。華やかさにおいて、見劣りは止むを得ない。

結局「パン作り体験会」は、本当に成功なのかどうか訳が分からないまま、大好評で終った。早くも、パート2を希望する声が高い。

一方で、私はクタクタである。家に帰ってから、すべての後片付けを終えると、長袖のTシャツが、汗と雨でグチャグチャだ。夕飯前に早めの風呂に入ったのだが、湯船で体を温めているうちにも、ふと気がつくと目を閉じてしまっていた。危うく眠ってしまうのである。

パート?の声は強くとも、しばらくは大人しくしていよう。