熱薫3品と部分と全体

前の日から下準備して、熱薫法で作った燻製3品が完成しました。
まず、ピックル液を作ることから始まりました。
ピックル液とは、燻製を作る食材を漬けこむための液体で、ものすごく塩辛いというよりは、塩苦い。ほんの1滴だけ味見をしただけで、水が飲みたくなりました。
それもそのはず、30%ぐらいの塩分濃度です。10%のソミュール液とは全然違います。ソミュール液は、塗りっ放し・漬けっ放しで、塩抜きしませんが、30%ぐらいになったら塩抜きしないわけにはいきません。というか、最初からそれを想定してこのレシピなのでしょう。味見は無意味ということになります。

むきエビの燻製
できたピックル液は粗熱が取れるまで冷まします。冷ましてから、予め解凍しておいた冷凍むきエビを漬けることにします。熱いまま漬けると、別の料理になってしまいますから。1時間ちょっと漬けてみました。マニュアルは1時間です。

続いて、塩抜き1時間(マニュアルより)です。ピックル液を味見してみるまでは、塩分を加えてから、すぐ塩抜きすることに、腑に落ちないものを感じていましたが、30%液を舌に1滴たらしてみて、上記のように悟りました。ただ、塩抜きしたむきエビを見ると、味付けをした時の黒っぽい色が完全に抜けていて、本当に味が付いているのか、ちょっと不安。

さて、塩抜きしたエビを乾燥させなくてはなりません。マニュアルでは2時間となっていますし、風乾とあります。まず、塩抜きをした時点でその日はタイムアップ・時間一杯です。2時間以上干すことになります。風乾も、たとえ風乾ネットに入れていても、悪戯や腐敗が心配です。そこで、風乾ネットに入れますが、1台だけ動いている業務用冷蔵庫の中でゆっくりと乾かすことにしました。それで、前日の準備が完了しました。

店は閉めたとはいえ、全く仕事をしてない訳ではありません。今日11日は、10日が日曜だったので、集金日というか、いろんな理由でお金が動く日です。燻製のためだけに生活しているわけにはいきません。薫煙は、夕方近くなってから始めました。

薫煙材は、サクラのチップ、ザラメ糖、隠し香に紅茶(アール・グレイのティー・バッグを破りました)。アルミのパイ皿の上にアルミホイルを広げて、薫煙材を置きました。これは、むきエビの後にも燻したいものがあるからで、隠し香が少し違うから、パイ皿を汚したくなかったのです。

今まで数度の薫煙経験からの反省で、今回はむきエビの網を入れる前に、薫煙材に火がつくのを確かめてから入れることにしました。待つ間に、今日届いたばかりの「部分と全体」の序文に目を通してみました。序文は、湯川秀樹氏が書いていました。湯川氏は、ハイゼンベルクの思想はかなりの面で哲学の影響があることを指摘していました。こういう所が、日本の理系男とはずいぶん違うなと思いました。また考えてみれば、湯川氏は一族ごと学者だらけの家系出身であり、湯川氏自身も小学校に通う前から論語の音読をさせられていたというのから、哲学とはまったく無縁ではないのです。

などと考えているうちに、薫煙材から白い煙がゆら〜りと立ち昇ります。エビを乗せた網をフライパンの中の薫煙材のホイルの上に乗せて、蓋をして、コンロの火を大きく絞りました。蓋は例によって透明なので、中の様子が見えます。見えるはずなのに、煙の立ちあがり方は頼りない。でも、温度の上げ過ぎは台無しなので、しばらくはこれで様子見。

日本語版の「部分と全体」には、湯川氏の序文の後に、ハイゼンベルク本人の「序」が書かれています。その前に、奥さんのエリザベートへの献辞が載せてあります。そして、「序」の文字の直後には、「プルターク英雄伝」のツキュジデスの引用があります。彼が英雄たちの口から発せられた全ての言葉をそのままに、書き記すことはできないというように、ハイゼンベルクも友人たちとの対話を一言一句たがえずに書くことはできないし、彼自身の想像力で補ったもののほうが理解しやすいだろうと、引用による言い訳がしてあるのです。

さて、フライパンの中には三筋ぐらいの煙が漂ってきました。ちょっとだけ蓋を開けてみると、かなりの量の煙を吐き出しました。非常に見えにくい煙とわかりました。これを20分間、薫煙します。

出来上がったものは、う〜〜〜〜〜ん…………。なんでこんなに小さくなるの?まあ、熱薫だし、水分が飛んだんだろうね。冷凍の時は、水分が凍りついていてかなり大きく見えていたものが、薫煙してみると、見事に縮みあがってしまいました。色は仕方ない。というか、たぶんマニュアル本の写真のようにはいかないことは、カマボコの時の経験から覚悟していました。あんな色にするためには、もっと低温で長時間しなくてはならないのでしょうね。

携帯のカメラの設定が変になっていたので、小さくて解り難いが右側の大きなざるにまばらに乗っているのが、エビの燻製です。さて、隣に4つ並んでいるものに気がついただろうが、こちらはカマンベールチーズの燻製です。

カマンベールチーズの燻製
BBQの時に、ヨッシーがカマンベール入りの切れてるチーズをそのまま薫製してしまい、溶けて流れ出し、焼き網にこびりつかせたのを見て、自分のときには一工夫、耐熱容器に入れてみようと思いました。また、不明瞭な写真ながらも、2種類あるのがわかるように、ホワイト・ペッパーを粗く砕いたものにまぶした「パストラミ」と、熱薫後に焼き色のついた表面と煙の染み込まない内部とをかき混ぜて融合した「マーブル」を作りました。

エビなどと違い、厚みがあって、漬け込み液に漬けても内部には染み込まないチーズは、下処理をする必要はありません。パストラミだけはホワイトペッパーでまぶしましたが、そういう面で溶けて流れることへの対策さえしてあれば、チーズは楽な薫煙と言っていいだろう。

薫煙材は基本は変わりません。サクラにザラメ、ただし隠し香に豆から挽いたコーヒー(インスタントではないということ)を使用しました。アルミホイルを入れ替えて、薫煙材を乗せます。例によって、プレヒートで煙を出させてから薫煙。最初はマーブルから。

「部分と全体」に戻ると、ハイゼンベルクは会話の一言一句を書き記すことはできないとはいったものの、その会話が交わされた時の状況や人物描写を非常によく記憶されていると湯川氏は言っていましたが、第1章からそれは感じました。というのも、その会話は彼の高校時代のころのものだからだ。高校生の会話にしては、あまりに大人び過ぎてはいないかとも思われるのですが、理系人間も文系人間も哲学書を読み親しんでいるらしく、けっして著者ハイゼンベルクや訳者の山崎和夫氏の作文ではないと思いました。

色づきが思うようではないので、マニュアルで計10分の薫煙時間は倍の20分に延長しました。そして、中間の10分目で、耐熱容器の陰で薫煙されない裏面を薫煙された面面とをひっくり返しました。何分柔らかくなったチーズだから失敗は多いです。あちこちが欠けてしまいます。ただ、マーブルは後でかき混ぜてしまうので、そう神経質になることはないのです。

さて、ハイゼンベルクが会話の状況を克明に覚えていることだが、こうは考えられないだろうか?

我々Hippoのメンバーが、多くの言葉を習得する時に、他人から音をもらった時のエピソードや空耳(この場合は幻聴の類のものではなくて、自分に縁の深い言葉に近く聞こえてしまう言葉という意味です。言い換えれば、タモリ倶楽部の「空耳アワー」の「空耳」です。)とともに覚えているのと同様に、ハイゼンベルクも記憶に残るほどの会話や討論はその会話の交わされた状況とセットで覚えているのだろうし、そうする習慣があるのではないだろうか?

20分間の薫煙が終わり、カマンベールチーズはトロトロの状態です。耐熱容器を注意深く掴みながら、プラスチック容器に移し替えました。この容器は、もともとこのチーズが入っていたものです。この時も、直後にかき混ぜるのだから、欠けても傷ついても気にしなくていい。ただ、指につくと熱くてやけどするので注意。それに、熱源から離すと急速に固まり始めるので熱いうちが勝負、急いでかき混ぜねばなりません。多少表面に凸凹ができたものの、マーブル・スモーク・チーズができました。不明瞭な写真の真ん中の2つがそれです。

実は、作る前はパストラミの方に期待してましたが、レシピ通りにホワイトペッパーをまぶしてみると、ちょっとペッパーの辛みが強すぎる気がします。ペッパーの量は半分でいいかもしれません。とにかくまあ、また20分間薫煙。

高校生のハイゼンベルクと仲間たちの小生意気な会話した時の状況はヴァンダールングってカタカナで書いてあったから、それらしいアルファベットを当ててググってみると、突入歩行と翻訳されました。なんだろう、これ?何かしら、ひたすら歩くイベントでなないかと考えると、ウォーク・ラリーみたいなものか?さらに、カタカナのままググってみると、松岡正剛氏の「部分と全体」の感想文に「ハイキング」と訳してありました。それなら、なんで「ハイキング」と出ないで「突入歩行」と出たのでしょうかねえ?

さて、中間の10分のひっくり返しですが、今度はいささか注意だ必要です。最後にかき混ぜないからです。一つめは上手く行ったが、2つ目の表面に少し欠けができてしまった。だが、これも残り10分間の薫煙の間に、多少の色の違いができたものの、溶けた部分が膨らんで自己補完を行った形となりました。

ハイゼンベルクと仲間たちの会話の内容は、後日、自分なりの考えを交えて書くことにします。というのも、数式こそ出てこないものの、哲学用語が頻出し、哲学の知識の欠落した私には、ハイブロウな内容なのです。メモでも獲りながら出なければ、内容が理解できません。少しづつですが、そうやって読み進めていこうかと考えました。

パストラミ・スモークは、最後まで気が抜けません。耐熱容器から取り出すのが無傷で難しいので、耐熱容器に入ったチーズにプラスチック容器を被せて、ひっくり返しました。(バーバラ千葉さん)ちょうど夕食前だったので、出来上がったチーズに紙を被せて、夕食後に後かたずけをしました。明日はこれをオランジュ宅のオープンハウスに持っていこうかと思います。評判は芳しくないかもしれませんが……